『アイユ』連載「感染症の歴史における差別」 第1回

 

 

 ――冥(くら)きより 冥き道にぞ 入りぬべき 遥かに照らせ 山の端の月―― 和泉式部

 

 2020(令和2)年初頭に急速に世界に広まった新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、世界は同時不安に陥った。

 感染症の歴史を振り返ると、未知の感染症が発生した時に、人々が採る行動は古今東西で共通している。それは、①逃避、②犯人捜し、③反省である。病人がいる場所、病気が蔓延する場所から遠くの安全と思われる方へ逃げる逃避。原因が不明なので、原因はきっと誰か悪人の所為であると思い込み、身の回りで疑わしさを感じた人を悪魔と思い迫害する。またこの災難は神様が人に与えた試練(天罰)であり、神から反省を要求されたと思い、神に祈りつつ自らの生活を反省し、過激な贖罪行動に走る。

 なぜ、このような行為に走るかというと、病原体が見えないからである。狼や狂犬や、毒蛇などは目に見えるので、その存在に気が付けば避けることができる。しかし、病原体は目に見えないのでどこに存在するのか、いつ襲ってくるのかが全く分からず、したがって不安が極端に増強され、その不安・恐怖を解消したくて目に見える動物や人を迫害する。

 19世紀になって、病原体の姿こそ見えないが、感染様式が注意深い観察によってある程度推測されその対策としてのワクチンや伝播の遮断などが効果を発揮するようになってくると、この不安感は多少は和らいだ。20世紀に入り微生物学が急速に進歩して病原体が顕微鏡や電子顕微鏡で見えるようなってくると更に減少してきた。しかし、科学的対策や技術はまだまだ未熟であり、不安が消えることはない。まして、未知の病原体によるパンデミックについては19世紀以前の時代と現代においても未知なるものへの不安はあまり変わることがない。

 未知なるものへの不安を減らす唯一の方法は正確な情報の発信である。病原体の情報、症状の情報、治療法の情報、予防の情報などが刻々と透明感をもって提供されれば、不安は減り、悲劇的な事件は減ってくる。

 和泉式部の和歌は、自分の心の迷いを月の光が暗い夜道を照らすように仏教の教えで明るく照らして救って欲しいという願いである。パンデミックの恐怖という暗さを照らす正しい科学的情報、政策的情報こそが月の光である。21世紀にあってさえ、月の光が届くのには時間の遅れがあり、質的にも十分ではない。したがって、いまだに感染症のパンデミックの際には人権的な迫害が頻発するのである。

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加藤 茂孝(かとう しげたか) 国立感染症研究所室長、米国CDC(疾病対策センター)招聘研究員、理化学研究所新興・再興感染症研究ネットワーク推進センターチームリーダー、WHO非常勤諮問委員、日本ワクチン学会理事などを歴任。現在、保健科学研究所学術顧問。
専門はウイルス学、特に、風しんウイルス及び麻しん・風しんワクチンの研究。胎児風しん感染のウイルス遺伝子診断法を開発して400例余りを検査し、非感染胎児の出生につなげた。
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